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いかに生きるか nano『NOIXE』レビュー

いかに生きるか nano『NOIXE』レビュー - Raijin Rock
いかに生きるか nano『NOIXE』レビュー

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「1」

nanoが活動10周年の節目にリリースした2枚組アルバム『NOIXE』は、ラウドかつカオティックでありながらも、高揚感も宿した仕上がりとなっており、2023年で最高のアルバムとなるかもしれない。アルバム全体を通してその緊張感が途切れることはない。最初の曲から最後まで、エネルギー全開だ。『NOIXE』ほど優れたアルバムといえば、新型コロナウイルスが最も猛威を振るっていた2021年前半にBAND-MAIDがリリースしたアルバムである『Unseen World』ぐらいしか思いつかない。これは、我を忘れるようにして怒りを爆発させたかのような作品だった。『Unseen World』が2021年にあらゆるライバルを蹴散らしたように、『NOIXE』も2023年にリリースされた作品としては極めて重要なものとなるかもしれない。

しかし、欠点のない傑作アルバム『Unseen World』と比べて、『NOIXE』はかなりタイプの異なるアルバムである。確かに両作品には共通点もある。BAND-MAIDの小鳩ミクは世界的に見ても極めて優れたロックの作詞家だ。しかし、nanoも引けを取らないほど素晴らしい歌詞を書く。小鳩ミクもnanoも難解で、聴く者の想像力を要求する歌詞を書く。小鳩ミクもnanoも、捉えどころがなく、比喩的で、容易には理解できない作詞家だ。その一方で、両者とも簡潔で、直接的で、生々しい表現も用いる。

「2」

しかし、nanoの歌詞で特筆すべきは、人生の転換点に訪れる苦悩や、その結果について考察している点だ。Nanoの歌詞の語り手はしばしば、何らかの決断を迫られている。人間は行動を起こさなければいけない。しかし、その決断をするための情報は不完全だったり、混乱を招くものだったりするものだ。1曲目である「Evolution」の歌詞を実際に読めば、人間が直面する困難がどのようなものなのか、分かるはずだ。

Trapped in a labyrinth inside my head

When all the signs are leading me away from the goal before me

The harder I try to escape the dread,

The deeper the shadows take me into the night

When all I needed was a ray of light

(訳)

頭の中の迷路に閉じ込められている

どんな標識も目の前にあるゴールから私を遠ざけていく

恐怖から逃れようとすればするほど

影はもっと深く私を夜へと引きずり込む

私が欲しいのはただ一筋の光なのに

「3」

『NOIXE』においてnanoは、人間が存在することの意味を探し求めており、人生の意味や目的を見つけるための過程の真っただ中にいる。人生の転換点が人間の在り方に大きな影響を及ぼすかもしれないことをnanoは認識しているようだ。自ら行った選択は、将来に影響を与えるのだ。

nanoは歌詞の中で、「I don’t know how to go on/I don’t know where I belong(訳:どうやって進み続ければいいかが分からない/自分の居場所が分からない)」(「FIGHT SONG」)、「make a choice: lead or just follow(訳:選ぶんだ。自分で決めるか、それともただ従うか)」(「We Are the Vanguard」)、「do we have faith in our fate?(訳:私たちは自分たちの運命を信じているのだろうか?)」(「Broken Voices」)などと語っている。nanoの歌詞は特定のタイプの問題を提示しており、その問題に真正面から取り組もうとする。その問題は簡単な方法で解決することはできない。それを解決するためには、成功したり、失敗したり、疑ったり、物事を始めるタイミングを見誤ったりしながら、探求のための旅を続けていくしかないのだ。

「4」

こうした人生の探求をテーマとする『NOIXE』を通しで聴いていて、中でも特に感情を揺さぶられるのが、「A Nameless Color」の始まりの部分だ。ゲストアーティストである_(アンダーバー)をフィーチャーしたボーカルによる短いイントロ部分が終わると、nanoは「Rock On!(ロックし続けよう!)」というフレーズを叫ぶ。nanoはそのフレーズを非常に情熱と喜びに満ち溢れた声で歌うので、その意味を捉えることがほとんど不可能なほどだ。

ファンならば、「Rock On!」というフレーズがnanoにとって特に重要なものであることが分かるはずだ。「Rock On!」とはnanoが2015年にリリースしたアルバムのタイトルであるだけでなく、nanoが良く使うキャッチフレーズだからだ。しかしnanoにとって、「Rock On!」は単なるキャッチフレーズではない。それは人生の哲学なのだ。そのフレーズは、私たちが情熱と不安に満ちた世界に生きているという事実を反映している。私たちは世界が突き付けてくる難題を受け入れなければならないし、避けられない選択に関して熟慮したうえで決断をしなければならない。そしてあとはシンプルに、「ロックし続け」なければならないのだ。

リスナーはnanoの曲の語り手が直面している難題がどのようなものなのか、正確には分からないかもしれない。しかし、リスナーには語り手が脳内で自問自答しているのが聞こえてくるだろう。「どうすればいい?」、「なぜ疑ってしまうのか?」、「どのように答えればいい?」、といった問いを語り手は自らに投げかけているようだ。そして、その中で最も重要な問いは、「自分の行動が他者にはどのような結果をもたらすのだろうか?」というものだ。

「5」

nanoの答えには古典的なストア主義の要素がある。nanoは明快な答えなどないのかもしれないということを認識している。ストア主義者のように、語り手は自分の知識や自分のコントロールが及ぶ範囲に基づいて決断をしなければならない。自分がコントロールできないものは、無視するか、受け入れるしかない。答えは、重要な決断をして、「ロックし続ける」ことなのだ。

人生の意味と目的を探し求めることは、ストア主義者にとっての命題であった。そして、それは現在に至るまでの哲学的議論においても重要なテーマであった。nanoの曲はドイツの哲学者であるパウル・ティリッヒが著書『生きる勇気』で論じている概念をしばしば思い起こさせる、と言っても過言ではないだろう。第1章でティリッヒは「人間の存在の中には本質的な自己肯定と対立する要素がある。生きる勇気とは、それにも関わらず自らの存在を肯定するという、倫理的な行為のことである」と述べている。理性と欲望との間には内在的な亀裂が存在している。それからティリッヒは、「勇気とは精神の強さであり、至上の善を達成することの障害となるいかなるものを乗り越えることが可能なのだ」と述べている。

巨大な虚無の深淵に直面したとき、人間は勇気を出すか絶望するかという選択を迫られるが、人間は勇気を選ぶべきだ、とティリッヒは提言している。そうすれば、たとえ確信がなくとも、人間は有意義な人生を送ることができるのだ。

「6」

人生の困難に対するnanoのアプローチは、「欲望や不安にもかかわらず自身の本質的存在を肯定することは、喜びを生み出すものだ」というティリッヒの主張と一致しているように思われる。nanoならティリッヒの主張に対して、「ロックし続けろ!」と答えることは間違いない。

正直に言えば、nanoの曲の語り手とは、nano自身のことではないか。世界的に見ても、nanoは自身の感情について極めて率直なロックアーティストの1人だ。また、nanoはファンとの交流も非常に大事にしているアーティストだ。ツイートや、Instagramのライブ配信や、Twitchでのやり取りで、nanoは自信のなさ、不安、混乱などの感情を経験してきたことに関して、非常にオープンに語ってきた。例えば、ニューヨーク市生まれだが、14歳で日本に移住したnanoは、人生で時折感じてきた自身の二重性について語ったことがある。

だからこそ、nanoが歌う「A Nameless Color」の歌詞は、それが辛い個人的な体験に基づいたものなのだということを、聴き手に確信させるのである。

Until the day that I met you

I never thought that I could change;

But now I know that I can find my own true colors

If I just believe.

(訳)

私があなたに出会ったあの日まで

私は変われるなんて全く思えなかった

でも今なら自分の本当の色を見つけられるって分かる

ただ信じさえすればいいのだ

「7」

こうしてnanoの導き出した答えは、小鳩ミクの答えとは異なっている。また、BAND-MAIDの顔であるボーカリストのSAIKIが書いた魅力的な歌詞とも異なるものだ。BAND-MAIDによる現代社会に存在する課題への返答に、SAIKIは自身の視点を付け加えるようになっている(詳しくは、EP『Unleash!!!!!』に収録された「HATE?」を聴いてほしい)。

BAND-MAIDの曲の語り手は恋人や友人に対して、「これが私の提案。気に入らないなら帰って。あなたがいなくても私ならできるから」と、語り掛けていることが多いように思える。一方、nanoはたいていの場合、「成功させるためには協力するしかない」と提案する。「Let’s Make Noise」の歌詞を聴いてほしい。

I’ve been stuck in this mess until I found you.

I’ve been waiting for this moment all along….

Forget the world and let’s make noise

Whatever makes you feel alive

Take the jump with me

Don’t ever let me go.

(訳)

あなたを見つけるまで私は混沌の中にいた

ずっとこの瞬間を待っていた

世界のことなんて忘れて騒ごう

生きているって実感させてくれるなら何でもいい

一緒に飛び込もう

私を絶対に離さないで

「8」

BAND-MAIDのものの見方はとても共感しやすい。確かに、人生も愛も難しいものだと私たちは知っている。しかし、nanoの回答には実にインスピレーションに溢れた何かがある。nanoによる英語版「God  knows…」は、パウル・ティリッヒが言うところの「自己肯定と他者への愛との関係という、最も困難な倫理的問題のひとつ」をいかに解決すればいいかを、実に見事に示している。

When you are here for me

And I am here for you,

And there’s nobody else

Just the two of us in loneliness

A long forgotten dream awakens in the empty shadows of our past

A memory calling to you

I promise whatever happens I am with you

I won’t ever lose you.

(訳)

あなたが私のためにいて

私があなたのためにいる

そして他には誰もいない

孤独を抱えた私たちふたりだけ

私たちの過去の空っぽな影の中でずっと忘れられていた夢が目を覚ます

あなたに呼びかける思い出

何があっても私はあなたといると約束する

絶対にあなたを失わない

「9」

不思議なことに、nanoの歌詞は20世紀の偉大な実存主義の哲学者たちを思い起こさせるものでもある。例えば、偉大なフランス人の実存主義者、ジャン=ポール・サルトルは、選択をする自由にはその選択による結果に対する責任が伴うものだ、と指摘している。人間は自ら行った選択に責任を持ち、その結果を受け入れなければならない。たとえその結果が、決して起こるとは想像していなかったものであったとしてもだ。それが他者を傷つける結果であった場合、それを受け入れる義務は殊更に重くなる。

実存主義的なミステリースリラー『Mine』のような素晴らしい韓国ドラマを観ることでも、こうした重要な教訓を得ることができる。nanoの曲のように、『Mine』は人間関係や、その関係に影響を及ぼす決断について、深く掘り下げている。しかし、nanoは難しい決断から得られた厳しい教訓を共有したがっているように見える。nanoの「Circle of Stars」は、この共有された責任という概念を簡潔に表現している。

With every single milestone

We’ve reached a crossroad

Whenever you feel like the world’s falling in

I will dive right with you

By your side so you are not alone….

Together we will chase our happy ending.

(訳)

重要な出来事が起こる度に

私たちは十字路に立たされた

世界が崩壊しそうな気がするときはいつでも

私があなたと一緒に飛び込む

あなたが独りにならないようにあなたのそばで

私たちふたりでハッピーエンドを追いかけよう

「10」

アルバムの収録曲はどれも素晴らしい。nanoの楽曲は音楽的にはBAND-MAIDやTRiDENTと同じ領域に属している。これらのバンドの楽曲は、nanoの楽曲のように、キャッチーなフレーズ、激しいパワーコード、煽情的なギターソロ、楽器が目まぐるしく入れ替わる複雑なアレンジ、心を浮き立たせるドラミング、創造的でファンキーなベースラインなどが特徴だ。何よりも、これらのアーティストの楽曲は、その奥底にカオスが広がっている。

Ado、Aimer、LiSA、ReoNaのような才能あるボーカリストのように、nanoもアニメ業界と深い関わりがある。しかし、nanoがBAND-MAIDやTRiDENTのようなバンドよりもポップ志向だというわけではない。最近のアニメ作品はダークさや疑念に溢れたものであることもしばしばだ。アニメ作品のOPとEDテーマは困惑や混乱の感覚を強調したものであることが多い。「Evolution」や「CATASTROPHE」のようなアニメ作品に採用されたnanoの楽曲も、こうしたカオスを確かに反映している。

「11」

nanoの楽曲のアレンジはバリエーションに富んでいることが多い。アレンジでは時折、キーボード、シンセサイザー、軽いオーケストレーションが利用されることもある。nanoの楽曲に参加しているのは世界的に見ても優れたミュージシャンたちだ。2012年のデビューアルバム『nanoir』に収録された「想イ出カケラ」におけるギターソロは、どんなギターソロの追随も許さないと言っていいかもしれない。しかし、「Evolution」、「Broken Voices」、「God knows…」のソロは「想イ出カケラ」のソロに肉薄する素晴らしさだ。「TRUTH〜A Great Detective of Love〜」のギターソロは、何かを探し求めるようなゆっくりとした出だしから、猛烈な速弾きへと展開していく。「God knows…」における混沌としたギターによるイントロは聴き手を魅了する。

「Let’s Make Noise」は新たなる定番曲だ。「Hell yeah, hell yeah, let’s keep rocking on(訳:そうだ!そうだ!ロックし続けよう)」という歌詞を繰り返し歌う部分は、「Rock On!」というnanoの合言葉を思い起こさせ、アルバム全体の中でも特に盛り上がる箇所だ。「Circle of Stars」といった楽曲で見られるように、nanoはしばしば、今ある現実の先を思い描くような希望にあふれた歌詞を楽曲に盛り込む。必要な決断をしてこそ、語り手は現状から自由になり、星に手を伸ばすことができるのだ。

「12」

『NOIXE』におけるリズムギターにはコーラスやリバーブなどのエフェクトが、かなりかかっていることがしばしばだ。これにより、本物のパワーポップのような雰囲気が生み出されている。例えば「リライト」の出だしのリフは、偉大なアーティスト、故トミー・キーンの奏でる魅惑的なリフを思い起こさせる。

アルバムでは楽曲のインパクトを高めるために、効果音が用いられる場面もある。「We Are The Vanguard」におけるアラームと時計の針の音、「TRUTH〜A Great Detective of Love〜」におけるサイレンがその例だ。運命を共有することの喜びを讃える高揚感のある楽曲である「God knows…」は、突然の転調によってその感情的なインパクトを高めている。

「13」

『NOIXE』は他のボーカリストとのコラボレーション楽曲が収録されている点も注目するべきだ。MYTH & ROIDというバンドのKIHOWはユニークな歌声を持っている。nanoと比較してKIHOWはわずかだが鋭い声質をしており、それが「Broken Voices」でnanoの歌声との完璧なコントラストを成している。アメリカ人のDEMONDICEは「We Are The Vanguard」に燃えるようなラップパートを提供しており、「A Nameless Color」では_(アンダーバー)がnanoと共にボーカルを担当している。

nano自身のボーカルも自信に満ちている。nanoが歌詞のひとつひとつに感情をこめていることはリスナーにとって疑う余地がない。nano自身のラップパートはその激烈さが特徴的だ。「Heart of Glass」のラストのサビ部分で聴けるように、nanoの歌声は巧みにチェストボイスからヘッドボイスへと移行していく。

nanoの歌声は「Evolution」や「CATASTROPHE」のカオスから、「深い森」のもの悲しさまで表現してみせる。nanoは様々な感情を見事に捉えている。それは、なんと美しい歌声なのだろう。nanoはゴージャスなアルトの歌声を授かっている。その声質は、豊かで、なめらかで、その奥底にあるエロティシズムによって磨き上げられている。nanoは紛れもなく、ロックミュージックにおいて最も優れたボーカリストのひとりなのだ。

「14」

『NOIXE』の1枚目のディスクはnanoが作詞を手掛けたオリジナルの楽曲を10曲収録している。2枚目のディスクは他のアーティストによる5つの楽曲をカバーしたものだ。カバー曲は元々日本語の歌詞だったが、その一部はnanoが英語に翻訳している。2枚のディスクの間に顕著な違いはない。両ディスクにおける歌詞のテーマと楽曲のアレンジは見事に調和している。

混沌とした、感情を揺さぶるようなロックサウンドが特徴的な14の楽曲を聴き終えると、最後の楽曲である「深い森」が力強く、魂を震わす希望のメッセージと共にアルバムを締めくくる。

Every night I dream, with every dawn I wake,

A song within my soul keeps echoing.

Remembering a prayer that burns in candlelight,

Like a ray of hope leading me to you.

(訳)

毎晩夢を見る度に 日が昇って目を覚ます度に

魂の中の歌が共鳴し続ける

蠟燭の火の中で燃えていた祈りを思い出している

私をあなたへと導く一筋の光のようだった

オリジナルの日本語詞を翻訳したnanoの英語詞では、若き日の思い出や、避けられない過去のことが歌われており、もの悲しい感覚が残っている。しかし、nanoが疑念と失望の世界の中で導き出した答えは、希望に満ちたものだった。

Never looking back, we face what lies ahead.

Our story will go on if only we believe.

(訳)

二度と振り返らない 私たちは未来を見つめる

私たちが信じることで初めて 私たちの物語は続いていく

 

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