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ALDIOUS:RE:NOの最大の格好良さ

ALDIOUS:RE:NOの最大の格好良さ - Raijin Rock
ALDIOUS:RE:NOの最大の格好良さ

物議を醸す存在でありながらも心を引きつけるボーカル

何かと物議を醸してきたAldiousのボーカルRe:NOは6年をこのバンドで過ごし2018年12月に脱退した。Re:NO自身、伝説のボーカルRami(2枚のアルバムを出した後バンドを脱退)に代わってボーカルになっている。Ramiをボーカルに据えたAldiousは一定の成功を収めていたが、バンドが世界中に真のセンセーションを巻き起こしたのはRe:NOの時代だ。しかしバンドのファンの中には彼女を好まない者もいた。昔から同じ話の繰り返しだ。元からいたメンバーが去って新メンバーが入っても新メンバーが旧メンバーの代わりを果たせるとは思えないファンがいるのだ。*

Aldiousはいかにもメタルバンドらしいメタルバンドとしてスタートした。激しく攻撃的で、楽曲の基調はほぼ短調に固定されていた。Ramiをボーカルとするアルバムには律儀にそれぞれ1曲ずつパワーバラードが含まれ、それがリスナーに彼らが強く求める一種の安心感のようなものを与えてはいた。しかしAldiousは基本的には高速で激しく音を繰り出すメタルバンドだった。

Re:NOはいろいろな意味でパワーメタルの領域を超えてバンドのレパートリーを広げた 。 彼女は、パワーポップのヒット曲やアコースティックバラードなど明らかにパワーメタルとは別のジャンルの楽曲を作っている。そしてこれらの楽曲は新たなファンの心を引きつけた。加えて彼女はステージ上で超クールな存在感を発揮し、それがライブでのAldiousのパフォーマンスをエキサイティングなものにした。Aldiousの場合、ボーカルがRami からRe:NOに代わったことがバンドにさらなる成功をもたらした。少なくともこの交代によってバンドの人気の伸びに陰りが出ることはなかった。だからRe:NOのグループの成功への貢献について考えを巡らすことには意義がある。

Luft

Rami の脱退後Re:NOが参加してすぐのころは一種の反発のようなものがあり、この反発は時間が経つにつれやや強まった。Re:NOへの反発の主な理由は3つあった。まず第一は、彼女がポップミュージックやファッションの世界から入ってきたことだ。これにより人は彼女に自動的に疑いの目を向けた。この点に関して言えば彼女は活動の軸足を置くジャンルをこのように移した最初の人物だったかもしれない。その後このような移行を果たすアーティストは他にも出てきて、その中には非常に大きな成功を収め尊敬を集めるアーティストもいた。

第二に、彼女の声は驚くほど素晴らしいトーンを備えているのだが、基本的に激しい調子のメタルバンドにはあまりにも「かわい」過ぎたことが挙げられる。しかし表現されたスタイルに耳を傾けるてみるとRe:NOの声はRami のそれと大きく違っているわけではない。どちらも澄んだ音色を持ち、聴く人の耳になめらかに届く。どちらの声にもザラザラしたところはない。これを証明しようとしたのだろうか、Re:NOを迎えての最初のリリースであるシングル『White Crow』でRe:NO は『Deep』(Rami がボーカルを務めたAldiousの初アルバム Deep Exceedの収録曲)をカバーしている。2つのバージョンを並べその声を聴き比べた時まず言えるのは、Rami の声はある種の冷たさあるいは緊張感をはらんでいるのに対し、Re:NOのそれはより温かく開放的な感じを与える、ということだ。

第三に、これがおそらく最も重要な要素なのだが、Re:NOの参加後バンドに変化が生じたことが挙げられる。Aldiousのスタイルが多様化したのだ。Aldiousはもはやヘビメタファンのみにフォーカスしたバンドではなくなった。 実際Re:NOが参加してからのAldiousの全アルバムには驚くほど多彩な楽曲が収められている。  次のようなタイプの楽曲がある。

  1. キラーリフや印象的なフックを利かせた従来タイプのパワフルなメタルソング。(ライブで賑やかに演奏されもはや古典的存在となった『夜桜』、2018年のシングル『Monster』など多くの楽曲がこのカテゴリーに入る)
  2. 長調のパワーポップ。これらはGreen Dayの代表曲に似ている。(『Without You』、『Red Strings』、『Die for You』)
  3. 力強く心を揺さぶるようなメロディのバラード。パワーバラード(『fragile』、『alright』)やアコースティックバラード(『Happy Birthday』、『I Don’t Like Me』)などがこのジャンルに入る。
  4. ジャム。Aldiousはこのジャンルにダブルキックドラムやオフビートの即興を持ち込んだ。Re:NOが作曲した『Scabby Heart』、 『Puffy Eyes』などがこのカテゴリーに入る。
  5. 以上のどのカテゴリーにも入らない例外的な曲がたまにある。ドラマーのMarina Bozzio 作曲の『Travelers』などがこれにあたる。

Dual Personality

どんなバンドでもこれら全部を成功させるのは手に余りそうだ。Aldiousはどのカテゴリーの楽曲が得意なのだろう?答えは簡単。どれもだ。あなたがバラエティを楽しめるタイプなら(たまには相容れない感情が湧いて戸惑うかもしれないが)リリースされたもの全てを聴けばよい。Rami がバンドを率いていたメタル中心の時代にファンになった人は、その後の時代の作品は好みでないかもしれない。いずれにせよRe:NOが新時代の楽曲を引き受けたソングライターであったことは間違いない。

しかし、私たちが生きているのはローリングストーンズがディスコに行き、批評家たちがそれを賞賛する時代だ。Aldiousがたまにパワーポップを演奏したって(特に『Red Strings』や『Die for You』のように結果として聞かせどころ満載の楽曲になった場合は)批判するにはあたらないだろう。これらの曲に魅力を感じてライブに行くオーディエンスは非常に多い。だからこれらの曲には戦略的要素もあるのだ。

Spellbind

Re:NOのAldiousへの貢献で最も重要な要素は彼女の声だ。彼女の声は鈴の音のような透明性を備えている。音色にシャープなエッジはなく、ビブラートも利いていない。彼女の声はごく自然にしていても前に出る声だ。コンサートで効果を出すために唸るように歌うことはあったが、全面的に自分を解き放ってロックンロール的に叫ぼうとしたことはない。そしてこするような声。半透明なRe:NOの声はパワーメタルバンドの音としては方向性が曖昧なのかもしれない。しかし現実には、まさにそれがAldiousの最も魅力的な点なのだ。彼女の超クールな声で歌われるハードな楽曲がバンドの魅力の大きな部分を占めている。

そしてどんなジャンルの歌手であれ、偉大な歌手は少なくとも一つの目立つ特徴を持っているものだ。Re:Noの場合それは、他の多くの日本人女性歌手にはないもの、即ち成熟性だ。Re:Noが歌うとき聞こえるのは成熟した女性の声だ。彼女は賢く、自信に満ちている。自分のことが分かっているのだ。彼女は自分の強さも弱さも知っている。そう、Re:Noはバラード『I Don’t Like Me』でしたように自分の脆さを表現することができる。しかし彼女はその脆さを若さゆえの絶望ではなく智恵に導かれた諦念で受け止めている。Re:Noはシュトラウスの『薔薇の騎士』のマリー・テレーズを演じるルネ・フレミングのロックンロール版だ。実に大きな称賛に値する。

Puffy Eyes

表面的なものの下に隠されているものを見ると、 Re:NOがただのシンガーでないことは明らかだ。彼女は本当に印象的なミュージシャンでありソングライターでもあるのだ。 Re:NOが作曲した前述のジャム、『Scabby Heart』と 『Puffy Eyes』はAldiousが出した楽曲の中で最も興味深い曲と言ってよいかもしれない。こんな楽曲が普通にできるロックバンドはないだろう。Aldiousは各アルバムのスタイルに多様性を持たせている。それは並々ならぬ多様性であり、また歓迎すべき多様性である。そしてこの多様性はバンドの他のメンバー、特にドラマーとベース奏者にとっては、4拍子で頭を振る単なるロックのノリを超えた高いテクニックを披露する機会となっている。

Re:NOはバラードの多くの作曲も担当した。いくつかの楽曲の歌詞の内容は愉快なものではないかもしれないが(『I Don’t Like Me』、『Happy Birthday』)、メロディは素晴らしい。彼女は広い音域をパワフルに使う。アルバム We Areの『Happy Birthday』でアコースティックギターの2つのパートの両方を演奏していることからも分かるようにRe:NOはただのシンガーではなく真のミュージシャンである。彼女は自身のアコースティックギターのテクニックにも自信をもってステージに立ち、トキと共にまるで21世紀のジェームス・テイラーのようにギターをかき鳴らすのだ。

Female Warrior

Aldiousの古くからのメンバーにはギターのYoshiとトキ、ベースのサワがいる。ここに新しく加わったのが、アメリカのドラムのレジェンドTerry Bozzioの義理の娘で激しい演奏をするMarina Bozzioである。全メンバーがずば抜けた音楽家魂を発揮しているが、日本のロックミュージックをフォローする人たちにとってこれは驚くにはあたらない。彼らは全員作曲もする。Yoshiとトキはギターのソロパートをほぼ平等に分け合って担当している。彼女らのテクニックは素晴らしく、時に良い意味で派手派手しい。2台のギターによる二人のハモリは素晴らしい。彼女らは聴いたこともないような効果的で小気味よい弦のパワーで各楽曲にアクセントを付けている。そして眠そうに見えるサワもまた達人の域に達した日本人ベース奏者である。

Aldiousのライブは大抵、今でも『ジレンマ 』や『梅華』(どちらも2017年の賑やかなアルバムUnlimited Diffusionの収録曲)などぎりぎりのところでコントロールされているような賑やかな楽曲中心の構成となっている。Re:NOやその他のメンバーのパフォーマンスが見られるライブDVDはたくさんある。Re:NOはリードシンガーとしてバンドのメッセージをオーディエンスに届ける上で大きな責任を担っていた。ドラマチックな演出のロックバンドを率いる人物に求められる役割を彼女はきっちりと果たしている。ライブでは全メンバーがパフォーマンスにエネルギーを注ぎ全力で打ち込んでいる。自分たちがステージ上で楽しんでいるようなバンドとは違う。

Dominator

このような全力疾走は易しいように聞こえるかもしれないが実際にやるのは難しい。Re:NOはいつでも全力でタスクに取組んでいた。彼女は完璧なプロだった。彼女は持っているもの全てを捧げていた。そしてそうしながら自分はそれを持っていることが分かっていた。要するにステージはRe:NOのものだった。そして彼女は見る人にそのことを分からせた。Re:NOは最高にクールなパフォーマンスを行った。ミック・ジャガーだってレスペクトしただろう。しかし彼女は今日の似非ミック・ジャガーには決してならなかった。Re:NOはクールだったのだ。それだけ。それが全てだ。

Re:NOがいなかったらバンドがこれほどの成功を収められたとは考えられない。 Aldiousは新しいボーカルにR!Nを迎えて活動している。彼らにとってそれはいいことだ。なのに奇妙なことに、Aldiousと R!Nは次のリリースに向けて、もともとRami やRe:Noが歌っていた多くの楽曲を再レコーディングしている。バンドがバッキングトラックをもう一度録るのかどうかは分からないが、それよりはR!Nがボーカルを務めるライブアルバムやDVDの方がずっと面白いだろう。これからの活動について考える時間は良い充電期間になるだろう。最近子供が生まれたトキがしばらく活動を休止していたことを考えると新しい作品作りには少し時間がかかるだろう。どちらにせよメンバーたちは才能豊かでその地位もすでに確立しているのだからこれからも素晴らしい成功を収めていくだろう。

Without You

しかし、つまるところ、Re:NOの代わりができる者がいるだろうか?どんなに才能があってもRe:NOがAldiousにいた期間に見せたほどの音楽家魂、ショーマンシップをバンドに捧げられるシンガーはいないだろう。彼女はYoshi,トキ、サワと6年を超える月日を過ごした。彼女らは共にアートに磨きをかけた。音楽の偉大な瞬間を共有した。たぶん辛い時期も過ごしたことだろう。しかし彼らは共に働き共に決断を下した。成熟に向かって共に成長した。Re:NOは自らがこの上ない才能に恵まれたシンガーであり、ソングライターであり、ミュージシャンであり、パフォーマーであることを身をもって証明した。彼女はAldiousの成功に欠かすことのできない人だった。

これから何が起こるかは分からないが、 Re:NOのAldiousからの脱退が黄金時代の終わりを告げるものであることは確かだ。 

 

* Aldiousは世界中に幅広いファンを持っています。コメント欄にコメントを寄せたり、コメントをリツイートしてバンドの素晴らしい想い出をシェアしてください。

 

 

 

 

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