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BAND-MAID:茜の高度なメタルドラミング技術
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BAND-MAIDのドラマー廣瀬茜のリズムへのアプローチはある種キメラ的だ。通常ロックバンドにおいては、ドラマーはビートを正確に刻む役割を期待される。曲全体を統制する役目がドラマーには与えられているのだ。しかし、茜がドラムを叩くと、正確なビートへの期待は幻と化す。茜の演奏は、拍節構造によって織り成される音楽の時空などには縛られていないのだ。 曲は4/4ビートです。彼女の太鼓はそんなに単純ではありません。
ドラム未経験者がドラムキットの前に座って初心者向けのロックビートを叩こうとすれば、両手と両足を同時に操るのは想像よりずっと難しいことがすぐにわかる。手足をそれぞれ独立に動かすというのは、それだけでものすごいことなのだ。経験豊かなドラマーでも、Jim Chapinの古典的ジャズ教本『Advanced Techniques for the Modern Drummer』を手に取れば、マスターしなければならない新しいリズムのトリックはたくさんあるということにすぐに気づかされる。高度な技術を持つドラマーでも、茜の演奏を始めて聞くと、気づけば「彼女は単にリズム楽器を弾いているのではない。彼女のドラムはリード楽器になっている。彼女のトリックを学ばないと」と感嘆しているのではないだろうか。
BAND-MAIDは、スタジオ傘下のポップ/ロックグループとして活動を開始した。同グループ最初のミニアルバム『Maid In Japan』(2014)では、どの曲もバンドメンバー以外が書いたものだった。『Maid In Japan』は30分のきらめくパワーポップだ。聴いているととても楽しくなる。しかし明らかに、バンドはプロデューサーの気まぐれに言いなりになっているようだ。茜はエネルギーたっぷりのドラミングスタイルを披露したが、パターンは大抵単純なものだった。もちろん、ライドシンバルのベルを巧みなタイミングで叩く所もあったし(「EverGreen」を聴いてほしい)、その他にもうまいトリックが用いられている。しかし、その後発揮されることになる眠れる潜在能力を思わせる箇所は本当に全くないのだ。
次の2つのミニアルバムである『New Beginning』(2014)と『Brand New Maid』(2015)では、BAND-MAIDはよりエッジの効いた演奏を披露した。曲はかなりアグレッシブなものになっていた。彩姫のボーカルは、突如としてより暗くより大人びた響きになった。ベースのミサは対位法的なパターンや高速スラップでのオクターブを実験的に取り入れ始めた。リードギタリストの歌波は、リフやソロセクションでクリエイティブなチョップ奏法を披露し始めた。
最も重要なこととして、茜が真に彼女らしさを発揮し始めた。彼女が演奏するドラムは、歌波の彩り豊かな音色のPRSギターと同じくらい、リード楽器と化したのだ。『New Beginning』の「Real Existence」は離れ業満載の大傑作だ。Aメロやギターソロでの疾走感のあるビートは、スロットル全開の蒸気機関車のようにパワフルだ。しかし、茜はマックスパワーが必要となるまで抑え気味にして待つ姿勢も見せた。例えば。
2016年にリリースされた『Just Bring It』は、BAND-MAIDの最初のフルアルバムだ。またこのアルバムは、茜とそのバンド仲間がバンドとして自立し始めた瞬間でもある。13曲中9曲は、バンドで書いたものなのだ。曲自体、それに演奏やエネルギーも、前作と比べて明らかに向上している。その例として、バンドが書いたものではない2曲中の1曲である「Ooparts」を挙げる。Noraが書いた「Ooparts」はパワーポップの傑作だ。冒頭2分を聴けば、茜はガツガツ行かずにリズムを曲に任せる能力があることがよくわかる。
シングルの「Choose Me」は、『Just Bring It』のすぐ後にリリースされたもので、BAND-MAIDの中で最もエネルギッシュな「君は一体どうしたのだ」というラブソングのひとつになっている。またこの曲は、同グループのライブでの見どころのひとつにもなっている。茜ははっきりと「イチニッ、ニーニッ、サンニッ、ヨンニッ」というビートを維持している。しかし、この伝統寄りのアプローチのドラミングにおいても、茜のフィルやシンバルさばきはかなりアグレッシブで、途方も無い前進感が感じられる。さらに「Choose Me」では、茜の目を見張るロール奏法を聴くことができる。茜のロール奏法は本当にスリル満点だと指摘する価値がある。
ブレイクスルーアルバムとなった『World Domination』がリリースされる頃には、バンドでは作る音を完全に統制できるようになっていた。曲を聴けば、バンドメンバーの女性たちは新たな力を得たことに気づいていたことがわかる。 世界に向けて何かを証明しようと意気込んでいたのだ。『World Domination』はスリル満点すぎて、途中で燃え尽きてしまうのではないかと思われるほどだ。幸運にも、BAND-MAIDは爆音続きのアルバムの後半に、いくつかミッドテンポのバラードを挿入している。そうでなければ、『World Domination』はSex Pistolsの『Never Mind the Bollocks』以来最もアグレッシブで消耗してしまうアルバムのひとつになっていただろう。
「Dice」での茜のドラム演奏は、猛烈であり、騒がしく、混沌とし、強い主張を感じさせるものだ。曲は茜のドラムとミサのベースで始まる。そして、リードギタリストの歌波の骨まで砕けるようなリフがその後を継ぐ。茜がAメロで何をしているのかははっきりしない。タイミングを待っているのだろうか。彩姫がサビまで持っていくと、茜の(拍が取れる)前進感のあるビートが前面に躍り出る。もちろん、混沌が戻り、ビートよりビート間の間の取り方を重視する茜のドラミングが戻ってくる。歌波のソロで普通のビートが戻ってきたと思った瞬間、彩姫が戻っていくつかのボーカルパートを歌い、それに合わせて茜は熱狂したリズムに再び火をつける。実際この曲をまとめ上げているのはこのリズムなのだ。
2019年のエイプリルフールの「BAND-MAIKO」の曲「祇園町」は、茜の天才的なリズムさばきが最もよくわかる作品だ。茜が何をしているのか分析を試みるのではなく、ただただ曲を聴いてほしい。稀にあるビート間の間の取り方に注目してほしい。なぜならその間の取り方こそ、茜のリズムが真に生き生きとする所だからである。彼女はギターとベースのために間を作り出し、ボーカルの彩姫が曲全体の流れをコントロールできるよう曲を前に進めているのだ。茜がスネアロールを演奏し始めると、それは彼女自身のビートを前に進めるというより、他の奏者の意思に任せるという暗黙の同意表明のようになっている。
BAND-MAIDの最新アルバム『Conqueror』では、茜の様々なトリックを聴くことができる。彼女は様々な音楽主題やテンポをパッチワークのようにつなげていく達人だ。 離れ業満載の大傑作「Dilemma」を聞いてみてほしい。この曲は通して前進感が強いが、実際には絶妙な主題がたくさん含まれている。イントロでエネルギー全開で勢いをつけてから茜が演奏するフィルは、ややテンポを落としたAメロの1番への完璧なトランジションとなっている。サビの手前ではまた別のエキゾチックな響きの主題が登場し、それによってまた別のアプローチでのドラミングが求められることになる。比較的静かな偽Cメロにおける微妙なカシャカシャした演奏も、リズムの面白さにつながっている。茜は最後のサビで、やっと「行くぞ、いやちょっと待って!、今度こそ行くぞ」という後にも先にもこれ以上威厳のあるフィルはないだろうと思わせるようなフィルに突入する。
茜はいつも暴走するわけではない。彼女は、古典的な用法でドラムを用いてビートをただ前進させるということもできる。しかしそれでも、彼女は常に面白い音を作り出す方法を見つけるのだ。例えば、シングル『Bubble』のB面の「Smile」では、彼女はこの曲をアップビートなジャミングに変えてしまうのだが、その中で常にビートはしっかりとキープしており、これはまさにコントロールの妙技である。
茜は、ライブ演奏ではスタジオ録音より単純な演奏をする傾向がある。ドラマーとベースは完璧に息を合わせなければならないので、そう考えれば当然のことだ。2人でバンドをまとめなければならないからだ。このよりシンプルなアプローチには、少なくとも2つプラスのトレードオフがある。1つ目は、より激しい演奏が可能になることだ。曲のBPMははっきりとわかるほど上昇する。長いツアーのため彩姫の歌声も場面場面でかすれ声になり、それも相まって曲にはたまらない切迫感が生まれるのだ。
2つ目は、茜が持つ音楽を聴く耳への感嘆が生まれることだ。真に驚嘆すべきインスト「Onset」では、各メンバーそれぞれにソロセクションが与えられている。茜はまず、バンド全体での演奏に参加し、次にミサのベースソロ、そして歌波の目を惹くソロの脇役を務める。これらは、元King Crimson・元Talking Headsのギターの巨匠Adrian Belewから着想を得たかのようである。次に茜は、いとも簡単にテンポを変え、ミクのパワーコードの間奏にアクセントを添える。茜は、それぞれのバンドメンバーが自身を理解しているのと同じくらい、バンドメンバーそれぞれのことを理解しているのではないかと思わせてくれる演奏だ。
BAND-MAIDは驚くほどエキサイティングなライブ演奏を披露してくれる。世界でも、これほど演奏を楽しんでいる様子を見せてくれるバンドは他にはないかもしれない。 2019年秋のニューヨーク市のグラマシー・シアターでのライブは、離れ業満載のショーとなった。茜の周りにその他のバンドメンバーの女性たちが何度も集まって、笑顔で激励したり彼女のスキルに感嘆して笑ってしまったりしていたのが目についた。他のバンドではドラムソロの間に他のメンバーがステージを離れることもあるが、茜のドラムソロの間にはそのようなことはなかった。そうではなく、彼女らは彼女の周りに集まって座り、彼女の演奏を見つめていた。
大抵ライブでは、裸足でありながら堂々たる風貌のベースのミサは、彼女だけの(しかしワイルドな)パーティーを楽しむかのようである。5弦のベースのB線とE線でビートを保つのと同じくらい、D線とG線の12フレットより高音域で装飾的音型を演奏したり繊細な節回しを披露したりしている。ロック音楽界で最もひたむきなギタリストであるリードギタリストの遠乃歌波は、地面も水も炎も空気も曲げてしまうかのようだ(そう、彼女は現役のFire Nation Avatarなのだ)**。バンドのリーダーで作詞家の小鳩ミクは、まさにパワーコードの女王で、Kirk Hammettを何倍にもしたかのような勢いを見せてくれる。彼女はリズムギタリストとしてもっと評価されるべきだ。それは、彼女のギターが合奏の中でも前面に出ている新木場Studio Coastでのライブを収録したDVD(2017)での彼女のギターの弾きっぷりを見ればわかる。
BAND-MAIDを生で見る機会がなかった読者向けに紹介すると、少なくとも3回のライブがDVDまたはBluRayで販売されている。それぞれ、(1)2017年11月23日の新木場Studio Coastでのライブ、(2)2018年4月13日のZepp Tokyoでのライブ(両者ともCDにボーナスディスクとして付属)、および(3)最近2020年2月14日に行われたLine Cube Shibuyaでのライブ(DVDまたはBluRayとして単品で販売中)だ。2018年4月13日のZepp Tokyoでのライブ演奏のDVDの茜の「Real Existence」でのドラム演奏はまさに、もう少しでコントロールを失うまさにギリギリのところで女性が演奏するドラミングである。
茜は、フィルを用いて期待感を醸成する達人だ。2017年の新木場Studio Coastでのライブの「Take me higher!」を聴くと、茜が前に進みたくてウズウズしている様子が伝わってくる。イントロでは、彼女は少なくとも5つの異なる短いフィルを用いて出番を待ち、ミクが歌波のリフの後を継いだ瞬間、彼女はフル回転となり曲を引っ張っていく。
茜はどうも、トムトムドラムが特に好きなようだ。それによって、ベースのミサとの連携感が向上する。実際、バンドの女性たちの間には、不思議な持ちつ持たれつの関係が疑いなく見て取れる。歌波は茜に高い要求を突きつける。歌波は、マッドサイエンティストの実験室と呼べるようなホームスタジオしか持っていない。彼女は不思議なリフやコード進行を組み上げていく。次に、これらの音楽素材を使って、即興的に中世のタペストリーを思わせるものを作り上げる。ミクは力強い歌詞を歌い上げ、ベースのミサはJacoのような装飾音型をひねり出す。そして統率力と優雅さを兼ね備えたボーカルの厚見彩姫は、誰が実際世界女王で世界征服者であるかを聴く者が決して忘れられない形で印象付ける。茜は、この全てをまとまったひとつの作品と呼べるものにできるよう、トランジションを作り上げる。
2020年2Line Cube Shibuyaでのコンサートでは、茜の全く異なる側面が披露された。ある意味で、繊細で面白い茜のスタジオ録音での演奏とは大幅に異なったものだった。このコンサートでの彼女のドラム演奏は、獣のような力を出し切ったものだったのだ。茜は首尾一貫して、極めて強烈なビートを叩き続ける。多くの曲は、茜とミサが主役として前面に出てくる長いイントロで始まる。21曲中11曲は『Conqueror』からのものだ。これは単に、最も売れた曲を弾いていくショーではなかった。『Conqueror』収録の曲は、コンサートの前半に集中していた。さらに、この演奏の映像編集においては、茜に何度もカメラが向けられるという点が特徴的だ。また、茜に感銘を受けたのは編集担当者だけではない。他のメンバーの女性たちも、ひとりずつであれ全員であれ、何度も茜の周りに集まって彼女に驚嘆の眼差しを向けていたのだ。
BAND-MAIDは自身のバンドについて、「ありえないくらいハードロッキングなバンド」と形容している。これは、このバンドがリリースする大騒ぎの曲をうまく言い表す言葉だ。しかし究極的には、この大騒ぎをまとめ上げているのは、茜なのだ。彼女は容赦なくビートを前進させながら、高度なドラムの教則本にある練習音形のような技巧を見せてくれる。日本のロック音楽界には素晴らしいドラマーが数多くいるが、ノリノリの瞬間に見せる巧妙さや独創性という点において、BAND-MAIDの茜は飛び抜けている。
** アメリカのテレビアニメシリーズ『Avatar: The Last Airbender』に関するネタ。このシリーズは、世界でひとりだけが4元素である土、火、空気、および水を操れるというコンセプトに基づいている。アバターは、この世界とスピリチュアルな世界の架け橋として機能し、これらの元素の自然界における表象物間の調和を維持する役目を担う。
For the original English version, please click on “English” at top of page.
専門的な事はちんぷんかんぷんな自分もあ~ちゃんの凄さは充分伝わります‼️🥁テクもですが、一番凄いと思ったのは、あれだけ激しいプレイをしながらも常に周囲を見ている所。印象的なのはドラムソロの時に皆が周りに寄って来るというくだり❗言われてみれば確かにそうですね🎵皆に愛されるキャラがうかがえます😍
茜のドラムが印象深いことが良く伝わる文章です。
でも、ライブでメンバーが茜に寄ってくるのは「スキルに感嘆」するためではないですよ。互いに変顔をして笑わせようとしているだけです。事実から外れた贔屓は、よろしくないです。
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