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BRIDEARの法悦的ビジョン 『Aegis of Athena』のレビュー

BRIDEARの法悦的ビジョン 『Aegis of Athena』のレビュー - Raijin Rock
BRIDEARの法悦的ビジョン 『Aegis of Athena』のレビュー

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「1」

BRIDEARの新作アルバム『Aegis of Athena』を締めくくる楽曲「Road」は、歓喜を大爆発させて、スピーカーから轟いてくる。 世界で最もクリエイティブなロックバンドの1つがまたもや法悦的かつ興奮に満ちた形で人間の感情を探るこのアルバムを締めくくる楽曲としてふさわしい。

Aegis of Athena』は、危機に瀕する世界を想起させるアルバムだ。第1曲の「Side of a Bullet」の歌詞には、「絶望が私たちをあざ笑う」とある。「Ray of Chaos」の語り手は、「すべてが焼け野原になった世界」に住んでいるという。このような終末的な光景を想起させつつも、『Aegis Of Athena』は究極的には、人間の精神は何にも屈することがないということを、インスピレーション溢れる形で証明してくれるアルバムだ。

「2」

このアルバムのタイトルからは、アルバムがどのような方向性で進んでいくのかが窺える。ギリシャ神話におけるアテナのイージスとは、女神アテナが自身による保護に値すると考えた人間に与えた盾のことだ。『Aegis of Athena』は、BABYMETALのコンサートの冒頭を思わせるような語りの導入で始まる。そこで語られるのは、危機に瀕し、今一度神からの保護を必要としている世界だ。無差別銃撃、女性の医療上の選択権の剥奪、大企業による環境破壊など、「地獄絵図アメリカ」に住む私たちにとっては、神による介入以外に救われる道がないという感覚は嫌というほど身近なものだ。

Cambridge Journal of Hellenic Studies』(ケンブリッジ大学古代ギリシャ研究ジャーナル)は、イージスを以下のように説明している。

アテナのイージスは、太陽光または金属の輝きを思わせる黄色または金色が特徴だ。この色は、一般に神々しい輝きを表すものであるとともに、アテナ特有のカリス、つまりアテナが自身の保護下に置く人間たちに対して見せることがある美、生命力、そして輝くような(もしくは狡猾な)魅力をも表すものである。それに対して、暗い色、場合によっては黒のイージス(キアネギスまたはメラネギス)もあり 、これらはアテナの怒りや憤慨という暗い側面を表すものである。明るく輝くものであっても暗く目立たないものであっても、イージスはアテナの守護神としての力、しかし同時に潜在的には破壊神としての力を示すものである。

イージスは、盾または動物の皮であったと言われている。どのような物理的形態であったとしても、イージスは神々の世界と人間の世界の接触点を表象するものなのだ。

「3」

語りによる導入は、再度アテナに助けを求める寸前で終わる。しかし、必要なプロセスはしっかりと述べられている。

Crawl up from the depths of despair(絶望の淵から這い上がって)

Grasp the freedom to dream(夢を見る自由を掴んで)

Be prepared(準備を整えて)

Follow us(私たちについてきてくれ)

しかし、『Aegis of Athena』は政治パンフレットではない。気候危機やその他の現代の問題については、具体的な言及は全くない。その他全てのBRIDEARの作品と同じように、これはどこまでも個人的なアルバムなのだ。描かれているのは、個人が困難を乗り越えようともがく姿だ(「Road」)。忍耐の讃歌もある(「Determination」)。そして、甘く法悦的な愛の喜び(「With Me」)や陶酔(「Greed」)を歌うものもある。

「4」

ドラムのNATSUMIが手がけ、アイコニックなボーカルのKIMIが英語で歌詞を書いた「Road」は、「険しく困難な」挑戦の克服を堂々と祝う楽曲だ。この楽曲のある部分で、KIMIは以下のように歌う。

We’re not trying to fill each other up by licking our wounds;(私たちは互いに傷を舐め合ってお互いの空虚を埋めようとしているのではない。)

We’ve shared the pain and we’ve overcome it;(私たちは痛みを分かち合って克服したのだ。)

It’s not weakness, it’s courage.(それは弱さではなく、勇気の証だ。)

「5」

しかし、『Aegis of Athena』は単に暗黒の世界から輝く世界に向かうという単純なものではない。そうではなく、個人が直面する困難な道筋を記録したものなのだ。前進もあるが、障壁もある。KIMI、MISAKI、AYUMI、そしてゲストのKobayashi Masaharu(「BRAVE NEW WORLD REVISITED」)による歌詞は、人間であれば誰しも経験する成功と失敗を多面的に描き出す。困難でありつつ知性が光る歌詞について考えながら聴くと、得るものがある。

本レビューでは、「法悦的」という言葉をすでに2回使っている。そしてこれは偶然ではない。BRIDEARの楽曲には常に、スリル満点のクライマックスがある。時に激しさを見せるAメロの旋律線は、しばしば灼熱的で情熱のこもったサビに突入していく。例えばMISAKIが作曲した「The Bathtub」、HARUの「Lodestar」、またはKIMIの「Past in Emerald」を聴いてみれば、サビがどのようにして、感情を爆発させた釘付けのクライマックスに至るのかがわかるだろう。

「6」

人間と神の超越的な交わりというのは、ギリシャの神々の時代から何世紀にもわたって、世界各地の宗教において重要なテーマとなってきた。キリスト教における有名な例としては、人間と神の接触から生じる感情の状態は具体的には「法悦」という言葉で言い表されてきた。

ローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会にある、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの手になる彫刻「聖テレジアの法悦」は、長きにわたって、人間と神の交わりを最も象徴的に表象する芸術作品の1つであると考えられてきた。そのため、この作品は、アテナのイージスのキリスト教版のようなものと言える。この彫刻では、天使が聖テレジアの心臓を槍で突き刺そうとしている。地上と天上の世界が交わり、えもいわれぬ悦びが生じるのだ。アビラの聖テレジア自身、その体験を次のように書き残している。

私は彼が長い金の槍を持っているのを見た。そして、その穂先には小さな炎が灯っているように思われた。私には、彼がそれを時折私の心臓に押し付けて、私の内臓を貫いているように見えた。彼がそれを引き抜くと、内臓も一緒に引き出されたように思われ、私の全身は神の大いなる愛で炎に包まれたようだった。唸ってしまうほど激しく痛んだが、この激痛はそれをはるかに上回って甘美であったため、痛みが引いて欲しいとは思えなかった。魂は神そのもので満たされた。痛みは、確かに部分的には身体的だったが、身体的というよりは精神的なものだった。今や、魂と神の間には、えもいわれぬほど甘美な愛の慰めがある。(Wikipediaより)

聖テレジアによる神との交わりの描写は過剰に官能的であると、多くの専門家が口にしてきた。ベルニーニがこの作品を手がけたのは、17世紀のことだった。それでも、トランス状態にいるように見受けられる聖テレジアの表情を通して、ベルニーニは神と人間の愛のこの法悦的な交わりを伝えることに成功している。

「7」

BRIDEARは、この精神的(神的)な状態と肉体的(人間的)な状態の目がくらむような交わりを、『Aegis of Athena』収録の恋愛に関する幾つかの楽曲で想起させている 。これらの楽曲は、法悦的な抱擁における2人の人間の魂の接触を描いている。例えば、「With Me」を閉じる歌詞では、語り手は愛の相手に対して以下のように懇願している。

“Stay with me(「私と一緒にいて。)

So that I don’t lose myself(私が永遠を求めて)

Wishing for eternity(自分を見失わないように。)

Stay like this forever(ずっとこのようにいて。)

Never-ending dark illusion.(終わることのない暗い幻想。)

これはまさに両義的な歌詞だ。特に、最初のAメロでは「there’s no doubt; there is no distrust; there are no such things between us.」(疑いはない。疑心はない。私たちの間にそのようなものはない。)と語られているのだから。

「8」

「Greed」では、KIMIは愛に溺れる人の役を完璧なまでに演じきっている。

It doesn’t matter what I do,(何をしても)

I’ll never let you go.(あなたのことを決して放さない。)

No matter what they think,(周囲にどう思われようとも、)

No matter what say,(何を言われようとも。)

Because this life is mine alone.(なぜならこの人生は私だけのものだから。)

さらにKIMIは、次のように歌う。

Greed is a virtue;(貪欲さは美徳だ。)

Don’t you think so?(そう思わない?)

No one else should have the right to tie you down.(あなたを縛り付ける権利は誰にもないはずだ。)

ただただ素晴らしい歌詞だ。2人の人間が互いを信頼して愛し合うと決めた際につきまとう疑念と欲望を徹底的に探っている。英語が第2言語である人が書いたことを考えれば、さらに驚くべき歌詞だ。

「9」

歌詞の分析に特に関心がない聴き手であっても、BRIDEARは純粋に音として興奮できる見せ場をたくさん作ってくれている。5人の女性メンバーのうち誰が書いたかに関わらず、BRIDEARの楽曲のほぼ全てに、天才的な旋律が現れる瞬間がある。

Aegis of Athena』には、複数のパートからなる長大な楽曲が2曲収録されている。これは、BRIDEARにおいては新たな試みだ。アルバムの冒頭を飾る「Side of a Bullet」はスローテンポで始まり、アコースティックギターを伴奏にしてKIMIがボーカルを披露する。しかしこの楽曲は、間も無くドラマチックなメタルギターリフに突入する。Aメロでは、様々な対照的な旋律が代わる代わる登場する。器楽間奏では、複数回ペースが突然変化する。これは、YESが1970年代初頭に先駆的に編み出した楽曲構造だ。最初のリードギターによる伴奏さえ、スティーヴ・ハウのより混沌としたソロの1つを想起させる。先んじてリリースされていた「BRAVE NEW WORLD REVISITED」も、構造がどんどんと変化していくという点において類似している。導入部分のアコースティックギターも、YESを想起させるものとなっている。

「10」

ギターのAYUMIは、またもやアルバムで最もユニークな楽曲を書いている。AYUMIは、『Expose Your Emotions』で3台のアコースティックギターによるゴージャスなバラード「You」を手がけていた。『Aegis of Athena』でAYUMIが手がけた「Ray of Chaos」は、GLIM SPANKYの優れたドゥオである松尾レミと亀本寛貴が書いてくれそうな、エッジの効いた種類のブルースとなっている。よりわずかにシャープで危ういエッジであったとしても。

「Ray of Chaos」のギターには、程よい歪みのクランチ感があり、これがAメロとサビを歯切れ良くしている。最初のサビの前に一瞬ギターを電気捕虫器のように響かせる箇所、そしてCメロの後の転調からは、素晴らしいアレンジスキルが窺える。AYUMIのソロは、趣味がよくケバケバしさがない。しかし、ソロはCメロへの完璧な移行部として機能している。

「11」

「Ray of Chaos」のブルース調のソロは、普段のMISAKIとAYUMIが披露するものとは驚くほど対照的だ。多くの場合、この2人のソロは、流れ星がかすかに輝くような、または危険な短剣で短く鋭く刺されるような雰囲気である。流れ星の例としては、「Determination」でのAYUMIのソロが挙げられる。危険な短剣で刺されるという例としては、「Greed」でのMISAKIのソロが挙げられる。しかし、この2人のギタリストはどちらも、全く意外なソロを披露する能力を持ち合わせている。

このラインアップによる直近の2枚のアルバムとの顕著な違いとして、このアルバムの多くの楽曲では、Aメロの伴奏としてギターが複雑な単旋律を奏でていることが挙げられる。これは、オリジナルのラインアップの特徴の1つだった。ここからは、このバンドには常に、その楽曲の強烈さを高めるために、新たな方法も古い方法も探ってみる意志があることが読み取れる。

「12」

NATSUMIのドラムの演奏はいつでも、エキサイティングで、意外で、興味深い。NATSUMIが「Greed」と「Determination」で見せるアクセントや奏法の変更は、楽曲をさらなる高みに至らせるという生来の能力を窺わせる。このアルバムの法悦的なクライマックスである「Road」を書いたのがNATSUMIであるという事実は、BRIDEARのソングライティングスキルがどれほど強固であるかを証明している。

ベースのHARUは、アルバム全体でベースとして常に貢献しながら、「Lodestar」と「BRAVE NEW WORLD REVISITED」という際立った2曲を手がけている。KIMIのボーカルには、これまでにはひょっとするとなかったかもしれない精確性がある。これは、KIMIの英語力が初期の作品と比較して驚くほど向上したという印象から来るものかもしれない。最も重要な点として、KIMIは自らを説得力あるボーカルたらしめた情熱を一切失っていない。「Preference」は、KIMIが楽曲の主題をどれほど深くまで追求できるかを示す例となっている。

「13」

このアルバムの公開に合わせて発売されたTシャツの1つには、人間の頭蓋骨の絵の下に「pathetic human emotions」(情けない人間の感情)という文言が刻まれている。そう、愛というものは、私たちにそのような感情を抱かせることがある。2人の人間が互いに希望を賭けた時に必然的に起こる対立を前にすれば知恵と戦争の女神による保護がまさに必要であるという隠れたメッセージが、『Aegis of Athena』に託されているのかもしれない。この両義的な苦悩は、「Bathtub」や「Lodestar」の日本語の歌詞を含めて、楽曲の多くに亡霊のようにつきまとっている。

BRIDEARは、愛と人生をめぐる謎や不確実性を、豊かで聴きごたえのある音楽のイディオムを通して表現している。 楽曲の音響世界は多層的で、常に変化していく。BRIDEARの楽曲では、強烈なメタルの灼熱性と旋律の高邁な美しさが同居している。MISAKIとAYUMIの叫び声のようなエレキギター、HARUの雷鳴のようなベース、NATSUKIの複雑なドラム、そしていつでも情熱に溢れるKIMIもボーカルは、高邁な、そして繰り返しになるが法悦的な旋律を前に進めていくにあたって最適なのだ。

「14」

Aegis of Athena』は、2019年12月にリリースされたアルバム『Expose Your Emotions』以来、BRIDEARが今でも成長を続けていることを示すアルバムだ。バンドが短期間で次から次へと素晴らしいアルバムをリリースするというのは、日本のロック音楽の素晴らしい点の1つと言える。

BRIDEARはこれで、2年半の間に3枚の素晴らしいアルバムを世に出したことになった。音楽は主観的なものだ。それでもBRIDEARは、世界で最もクリエイティブで魅力的なハードロックバンドの1つであることを証明してみせたのだ。

 

追記 残念なことに、オリジナルメンバーのMISAと交代で加入したギター兼ソングライターのMISAKIが、BRIDEARからの脱退を発表した。健康上の理由のためとのことだが、これは日本のロックバンドでは標準的な脱退理由だ。何れにせよ、MISAKIの多幸を願おう。バンドからは、MISAKIと交代でMOEの加入が発表された。BRIDEARは、過去にも新たなバンドとして生まれ変われたのだから、今回もまた新たなバンドとして生まれ変わってくれるに違いない。

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図 @nroe9 (Insta)

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