Now reading

BRIDEAR:クラシック音楽に通じる美弦の感受性

BRIDEAR:クラシック音楽に通じる美弦の感受性 - Raijin Rock
BRIDEAR:クラシック音楽に通じる美弦の感受性

「Another Name」

BRIDEARは2013年の『Overturn the Doom』において、アグレッシブでハードな疾走感がありつつも驚くほど親しみやすいスタイルを確立した。 その後のリリースでも同様のスタイルを追求する中で、当時カリスマ的ボーカリストのKIMI、独創的なギタリスト兼ソングライターの美弦とMisa、ファンキーなベーシストのはる、そして熱狂的なドラマーのKAIがメンバーに名を連ねていたこのバンドは、ハードコアとジェントの要素を取り入れることで、その音響空間の拡張を行った。こうした実験的試みを主に推し進めたのは美弦とMisaであったが、2人はその後BRIDEARを脱退している。2人とも、クラシック音楽の世界にも通じるようなソングライティングの要素を用いることで、従来型のロックの枠組みから脱却することを目指していたのだ。

EP盤の『Overturn the Doom』収録の「Another Name」は、美弦がいかに幾つかの巧妙なトリックを使って複雑で聴覚を虜にする作品を作り上げたかを示す好例だ。美弦は、メロディーとサビが交互に配された従来型の構造に、驚きに溢れた興味深い絶妙な変更を加えるのだ。彼女はまた、洗練された転調を用いて、クラシック音楽の作曲家が行ったのではないかと思わせるような形でナラティブに動きをもたらす。

「1」

このトラックは複雑でありつつ疾走感のあるリフで始まる。ギターのチューニングを半音低くしているため、変イ短調(変イ音を主音とするエオリアン旋法)に聞こえる。西ミシガン大学が公開しているオンラインの音楽理論講座(https://www.wmich.edu/mus-theo/courses/keys.html)においては、19世紀ドイツの音楽学者クリスティアン・シューバルトの見解として、変イ短調は「窒息するまで胸を締め付けられるかのよう。むせび泣くようなラメント。困難な苦闘」と形容されている。これは、失恋に関するダークな曲である「Another Name」にはぴったりの情感だ。

美弦はこのオープニングの短いリフを2回演奏するが、2回目は1回目とは微妙に異なり、特に正確に演奏するのが難しい。Misaは5秒後に演奏に加わり、美弦のリフをなぞる。このリフは決して主音に解決しない。これによって聴く者には緊迫感が続き、そしてKIMIが「The bright and the dark(明と暗)/今宵身に纏う」と歌い始める。KIMIの声は、いつもと同様、絶対的な支配力を持って耳を傾けることを要求してくる。そこからは、失恋に関して自分を責めている女性の生の残酷な感情が漏れ聞こえてくる。

「2」

Aメロの2番が終わると、聴く者は次にサビが来ることを期待する。その期待を裏切り、この曲は別のセクションに突入する。メロディーは変化し、ブンブンというギターの音形もなくなる。歌詞のアクセントとしてパワーコードが使われだす。しかしこれは見せかけに過ぎない。これはサビではなく、サビの前段階なのだ。突如として、ドラマーのKAIのスネアドラムが一瞬だけのハードストップの合図となり、本物のサビが始まる。サビではKIMIは「I hate myself for losing you(君を失った私が憎い)/I want to escape from another name(アナザー・ネームから逃げたい)」と歌う。

このサビが変イ短調ではなく変イ長調になっていることこそ、美弦の職人芸の本当の魅力だ。主音は同じであるが、音楽の性格は完全に異なる。長調に転調することで、希望の要素が持ち込まれるのだ。そして、長調は楽しくアップビートな性格となるだろうと期待させつつ、実際はそうなるとも言えない。というのも、シューバルトは変イ長調の性格に関して、「墓場の調。この調の周囲には、死、墓場、屍の腐敗、終末の審判、そして永遠性が横たわっている」と述べているのだ。

「3」

少し考えてみてほしい。「Another Name」の冒頭からコーラスの前段階まで、聴く者は懸念に満ちた短調の世界にいる。長調のサビに入ると、ムードが少し明るくなるようにも思われるが、その明るいムードも実際のところシューバルトが「墓場の調」と形容する調で表現されているのだ。希望は存在するが、聴く者は希望を持ちすぎることを許されない。少なくともこの時点では。劇的な効果を狙って転調を用いるポピュラー音楽の楽曲は、ブロードウェー、ジャズ、それにロックなどのジャンルで数多くある。しかし、短調から長調に(そしてまた短調に)転調して、歌い手が表現する感情の衝突を際立たせる作品はそれほど多くない。

これは、ジャンルに関わらず驚くべき音楽的洗練性の表れだ。調性格論の引用元であるシューバルト氏の『Ideen zu einer Ästhetik der Tonkunst(音楽美学の理念)』(1806年)について、美弦は間違いなく知らなかっただろう。それにもかかわらず、彼女は主音の情感に適った音響的選択を行い、聴く者なら誰しも生得的的に感じるであろうとシューバルトが考えた形で、楽曲の情感を完璧にとらえたのだ。美弦の情感に適った様々な選択は、実際に効果的であり、歌詞に綴られKIMIの感情豊かな歌声で表現される絶望感、切迫性、および希望を完璧にとらえている。

「4」

しかし美弦のトリックはこれだけではない。

サビの後、美弦は変イ長調のままで、炎のようなソロを演奏する。第2ギタリスト(スタジオ録音ではMisa、ライブDVD『Marcasite: Live at Shibuya Rex』では美彩季)が途中でソロに加わり、変イ短調に戻る転調を行ってソロを支配下に収めてしまう。美弦はしばしの長調での演奏の続行を諦め、Misa/美彩季の短調での演奏に加わる。そして、サビの前段階の短調の再現に向かって疾走していく。そしてまた見事な瞬間が訪れる。Cメロを期待してもいいところで、Cメロではなく音楽的なハードストップが用意されているのだ。KIMIは長調のサビを歌い始めるが、テンポは半分で、伴奏はピアノとベースのはるだけだ。(はるはとりわけ『Marcasite』のライブ版で効果的な演奏をしている。)

KIMIはこの偽Cメロで真に輝きを見せる。声を微かにつかえさせたり一瞬喘ぐような息遣いをすることで、絶望感をまざまざと伝えてくるのだ。 名ドラマーのKAIが率いるバンドのその他のメンバーはそれでも容赦しない。KIMIが「悲しい頃に」と歌うと、その他のメンバーは主に3連符で懲罰的なアクセントを何度もKIMIにぶつけてくる。そのためKIMIはテンポを上げていくしかない。「せつなくて」という言葉の最後の2音節を最後の苦悶に満ちたファルセットで歌い、KIMIはバンドのその他のメンバーと一緒にフルテンポに戻り、このセクションを終える。そしてサビがフルスピードで再現される。

「5」

美弦は「Another Name」の末尾でもまた驚くべき音楽的選択を行う。もう1度ギターソロを演奏して楽曲を閉じていくのではなく、ギタリストはKIMIが歌う絶望的な最後の1音に次いで、時間をかけて転調していくことなく、エッジの効いたオープニングの短調の音形に戻る、つまり変イ長調から短調に突如として戻るのだ。この音形を30秒ほど繰り返し、(スタジオトラックでは)ここでも主音である変イ音に解決することなく、フレーズ半ばで曲が終わるのだ。

これは見事としか言いようがない。美弦は歌い手の感情の微妙な移り変わりを完璧にとらえ、「Another Name」の構造をクレバーに作り上げたのだ。美弦の創造性溢れる構造や長調と短調のエレガントな使用法は、KIMIが気持ちを込めて歌う感情の複雑さをまざまざと伝えてくれる。聴く者は、一体どう感じるべきなのかがどうもわからない。しかし楽曲のムードが繰り返し変わりゆく中で、より一層曲に引き込まれていく。これすべてが、きっかり3分50秒の中で実現されているのだ。

「Another Name」は、BRIDEARが現在の世代の日本のバンドの中でも最も興味深いバンドの1つであり続けている理由が詰まった作品だ。クリエイティブなソングライティングを武器に、日本のロックとメタルの世界において、独特の音響空間を作り出すことに成功したのだ。 このバンドは同じところに長く留まりすぎることは決してない。荒々しいボーカル、突飛な音響効果、それに革新的な楽曲構造などの素材で、常に実験を続けているのだ。新メンバーの美彩季とAYUMIの加入で、バンドのサウンドも若返った。

「今時」

さらに最近になり、新型コロナウイルスの世界的流行で世界中のバンドと同じくBRIDEARもツアーをキャンセルした。その間、BRIDEARはYouTubeで、バンドに影響をもたらした他バンドの楽曲のカバー版を公開し始めた。SKE48やJann Da Arcなどだ。これらの演奏は、BRIDEARは他バンドの楽曲をまるで自分たちの曲であるかのように見事に演奏している点で、特筆に値する。KIMIの見事なボーカルについてはどれほど褒めても褒めきれない。BRIDEARの最近のライブストリーミングコンサートからも、3人の新メンバーを迎えてからもBRIDEARは偉大であり続けていることが伝わってくる。」

美弦とMisaはBRIDEAR脱退後どのようなプロジェクトに取り組んでいるのか定かではない。それでも、2人はこのバンドの野性味あふれる説得力と息を呑むような洗練性を兼ね備えた音楽世界を生み出すにあたり大きく貢献したことに変わりはなく、この音楽世界が世界中のファンに驚きと喜びをもたらし続けることを願っている。

For the original English version, please click on “English” at top of page.

Written by

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です