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ナノ:人生を探求する女性。『ANTHESIS』レビュー
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歌手兼作詞家のナノが新たにリリースしたEPの『Anthesis』には、全く非の打ち所のない情熱的なロックの楽曲が収録されている。 『Anthesis』では、感情に響く歌声、知性溢れる歌詞、そしてノリノリのロック音楽が完璧に融合しているのだ。ニューヨーク出身のナノは、ティーンエージャーの頃に東京に移り住んだ。彼女の澄み切った歌声には、日本のアニメおよびテレビゲームのファンなら馴染みがあるはずだ。しかし、ナノは作詞家兼歌手としても長いキャリアの中で成功を収めてきた。ナノを知らない方にとっては、『Anthesis』はこのたまらない魅力を持つアーティストと出会う最高のきっかけになる。
ナノは典型的なメゾソプラノだ。しかし、「典型的」というだけでは、『Anthesis』から聞こえてくる彼女の歌声を描写するには圧倒的に不十分だ。「愛らしい」、「甘美な」、そして「非常に美しい」などの形容詞こそ、ナノの歌声を最も的確に描写している。
ナノとコラボレーションしているミュージシャンも、彼女の音楽の魅力のなくてはならない要素となっている。彼女の楽曲では、常にメロディーが主役だ。また彼女のよりハード系のロックの楽曲では、前進感も極めて重要な要素だ。アレンジでは幾度となく、ムード、伴奏、テンポ、そして調性が予期せぬ形で変化し、驚きをもたらしてくれる。こうした戦略は21世紀のロック音楽にはまさに不可欠なものであり、特に日本のロック音楽には絶対に欠かせないものであるから、もはやコメントする必要すらほとんどないほどだ。
ナノは素晴らしい歌手だが、作詞家としての腕はさらに上だ。たった数行で、ナノは21世紀を生きる若い女性の疑念、渇望、そして希望を表現できてしまう。「All I Need」では、ナノは彼女の探求を次のように歌っている。
A reason to make my life complete
A reason to set my passion free
A reason to feel this heartbeat
When my world is falling beneath me
All I need is a reason to breathe
満ち足りた人生を送るべき理由
私の情熱を解き放つべき理由
この鼓動を感じるべき理由
私の世界が足元で崩れる時
私に必要なのは息をすべき理由だけ
しかし彼女が探し求めているのはこれだけではない。ナノが必要としているのは、単に「理由」ではなく「誰か」なのだ。
Somebody to make me feel complete
Somebody to heal my pain with me
Somebody to hold me close when my soul is crying inside me
It could be the air that I need
Somebody to take that fall with me
私を満たしてくれる誰か
私の苦痛を私と一緒に癒してくれる誰か
私の魂が心の中で涙するとき私を近くで抱擁してくれる誰か
それが私に必要な空気なのかもしれない
足元が崩れても一緒に崩れてくれる誰か
この歌詞で極めて重要なのは「私の苦痛を私と一緒に癒してくれる誰か」という節だ。「私に代わって」ではなく「私と一緒に」とある。どの前置詞を使うかという単純な選択によって、ナノは自分の幸せは自分が責任を持って掴み取るものだという簡単には受け入れられない気付きを表現している。ナノは、自身が吸う全ての呼吸、「私に必要な空気」は、究極的に彼女が独力で見出さなければならないということを知っているのだ。
この満たされぬ欲望という主題は、『Anthesis』に通底して何度も登場する。2曲目「All I Need」の冒頭の歌詞は、渇望であふれている。
The night will come and tears will fall
Everywhere I look, the shadows call
Can’t fight the cold alone tonight
Will you hold my hand ’till morning light, oh.
夜が来て涙がこぼれ落ちる
どこを見ても影の声がする
今夜は独りで寒さと戦うのは無理だ
夜が明けるまで私の手を握ってちょうだい、おぉ。
そして、韻文であるはずのこの部分の最後に「おぉ」という単語が付されているのが余分だと思うなら、それは考え直すべきだ。ナノはこのシンプルな単語に、欲望、葛藤、渇望、情熱などの無数の感情を込めている。しかしこの歌の語り手は、自分は多くを期待しすぎているかもしれないと知っている。
I’ve tried to leave it all behind
I’ve tried to kill the voice inside, oh.
But I’ve cut my heart too deep
And I’m barely hanging on the edge
And I’m praying miracles exist
When I close my eyes and take that fall.
私は過去の全てを捨てようとした
私は内なる声を押し殺そうとした、おぉ。
でも私は自分の心を傷つけすぎた
そして私はもう限界
そして私は奇跡が存在することを祈っている
足元が崩壊する瞬間、目を閉じる瞬間に。
このように、自信喪失、自分の責任、そして自身を助けてくれる他者の必要性に、自分で気付いていくことこそ、『Anthesis』収録のナノの楽曲においてなくてはならない要素なのだ。「LINE OF FIRE」では、彼女は次のように歌っている。
Can you tell me how to kill this beautiful apathy?
Can you show me what it takes to bring back the pain into this life?
この美しいまでの無関心を克服する方法を教えてくれる?
この人生でまた苦痛を感じるにはどうすればいいか教えてくれる?
ナノは、感情を押し殺す人生は「美しい」こともあると認めている。しかし究極的には、「血を流しても痛みを感じない」ような人生はもの足りないと、ナノは知っているのだ。ふー、哲学的だ。テネシー州ノックスビルの素晴らしくも評価が全く追いついていないバンドのJudybatsが何年も前に言ったように、「苦痛が人を美しくする」のだ。ナノはこの感情を理解しており、それを悲痛かつ見事な方法で、自身の楽曲の中で表現している。
「ロック」版と「アコースティック」版の両方で収録されている楽曲「HOURGLASS STORY」は、『Anthesis』の感情の鼓動となっている。
I’ve tried so hard to see
The good inside of me,
But all that I could find
was the heartache left in me.
I tried so hard to break
The chains surrounding me
To let myself become
Who I was meant to be
In my life.
自分の良い所が知りたくて
本当に頑張って探してみた、
それでも見つけられたのは
私に残された心痛だけ。
私を縛る鎖から解放されたくて
本当に頑張って断ち切ろうとした
自分の人生の中で
なるべき人間に
なれるように。
この楽曲全体のカギを握るのは、「自分の人生の中で」というフレーズだ。ナノの楽曲の語り手は、彼女の究極的な幸せに不可欠になるのは、自分の人生そのもの、自分の長所と短所に気づく力、そして自分の人生を諦めずに変えようと努力することであると知っている。
『Anthesis』の唯一の欠点は、あまりにも短いということだ。「Hourglass Story」のアコースティック版の最後の音符がフェードアウトするのを聴くと、聴き手はとにかくもっと聴きたくなる。思わせぶりで水のように透き通った歌声と、鋭く謎めいた歌詞を、もっと聴きたくなるのだ。そして、ナノは本当にゴージャスな歌声の持ち主であるということを、ここでまた指摘しておきたい。
嬉しいことに、ナノはこれまでに多くの楽曲をリリースしている。その量はかなり多く、ナノはすでにベストアルバムをリリースしているほどだ。ベストアルバムには、幾分謎めいた『I』とのタイトルが付されている。そして、アニメまたはテレビゲームのテーマ曲であるか、独立してリリースされた楽曲であるかは関係ない。ナノがリリースした楽曲は、どれも驚くほど質が高いのだ。 ナノのアルバム『The Crossing』、『Nanoir』、それに『Rock On』は、どれも並外れたロック芸術だ。ナノの歌声は思わせぶりで誘惑的だ。ナノの歌詞は深く鋭い。ナノはホンモノだ。
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